部長のK先生と雑談
「昔からCABG vs PCIの論争って終わりがないけど、外科学会は循環器学会が出した
XXXの患者さんにPCIをすべきというガイドラインに私たちは従わない、
というステートメントをだしててね、
またこのステートメントがなるほど批判というものはこうするのかと面白かったよ」
その背景には、このガイドラインのもととなったCABG vs PCIの大規模RCTという臨床
研究がある。歴史の長い、何度も繰り返されているRCT達。
RCTだったら公平なのか、バイアスはないのかというと、
そんなことは全然なく、例えばアウトカムの取り方ひとつでもPCIが有利になったりする。
(例えば術後すぐの炎症反応や、トロポニンの値はCABGに不利なことは自明である)
そしてこういう臨床研究にはスポンサーとしてステントの会社がついていたりするわけで、
(funding supportは決して違法ではなく、それを論文に明記していればなんの問題も
ない)、裏でPCIが有利なように、(意図的ではないにせよ)、そもそものアウトカムを
事前に一方に有利なように設定して行うというのはいかがなものかとも思ってしまう。
そして当事者たちは、決して自分たちは悪いことをやっているのではない、医学の進歩に
貢献しているのだと思っている。
正義をせおった人間の方がたちが悪い。
K先生に、「いやー、学会や研究とずぶずぶに関係を作って、たくさんの患者にステント
治療をしてもらうことで、私たちは人類に貢献しているって、本気で信じてしまう
ってアメリカっぽいと思ってしまいます」と言ったら笑っておられたが、
アメリカにいると、そういう私たちはがんばっている、私たちのしていることは
100%正しい。という妄信をもった企業や人が大勢いる。
そういうことをアピールする場を多く目にするといったほうが適切か。本当に心底
そう信じているのかは不明だが、そうしたイベントやアピールの場は高揚感や肯定感が
できる。アメリカだけがそういう国なわけではなく、資本主義のもとで野心のある人たちが
それを堂々とできる自由があるのがアメリカである。
結論、RCTは気を付けて読もう。
基礎研究から臨床にもどると、そもそも本質的な疑問を解決しない臨床研究(とくにRCT)の
はがゆさを感じる。そういったことはもうすでに別の論文で答えが出ていて、
でも実際のpragmaticな状況ではどうなんだというのがRCT研究の目的なんだけど、
いざ自分の現場では、RCTより理論や実際の観察データに基づいた機序の研究
にそって臨床をしていきたいなと思うようになってきた。