https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30928282
原著の最後の一文が印象的。
... However, those remarkably good results suggest that we should be humble and that the key to success likely is not merely technical advances but the practice by talented, experienced, rational clinicians using the best available evidence at any given time.
心臓手術、手術技術以外に死亡率を改善したもの
2018年JCVAに手術手技以外でこの20年の心臓手術の死亡率を改善させたものとして、予防的IABP、レボシメンダン、TEE、白血球除去RBC、トランサミン、吸入麻酔の使用等10項目がピックアップされた。一方でアプロチニンは死亡率を上げたと。
人工心肺中の最適温度
過去には弁置換であっても、CPB中は28-32度の中等度低体温にすることが多かったが、最近は常温もしくは”tepid”/”drift”といわれるようなわずかな低体温にする方向である。体温測定部位についての結論は出ていない。STS/SCA/AmSECTによる合同ガイドライン(2015)にCPB中の体温管理についての推奨(table 1)が今のところ最も信頼できるか。
CPB中のTEEの使用
TEEが心臓手術において有用であることは広く認められているが、CBP中のTEEが有用であるかについて結論は出ていない。CPB中にTEEが有用である場面についてTable2にまとめる。
しかし、TEEは全く副作用がないものではなく、合併症の発生率は1.4%との報告がある(2017)。主なものとして、胃・食道の炎症、出血、潰瘍 (0.9%)、マロリーワイス症候群 (0.05%)、嚥下障害 (0.3%)などがある。BMI、脳梗塞の既往、複合手術、CPB時間の延長がリスク因子とされている。
嚥下障害は特にCPB時間と相関するとされており、発生頻度は0.3-39.8%とばらつきがある。CPB中にTEEプローベを抜去すると嚥下障害を改善するかを研究したRCTでは、プローベ挿入時間が200minを超えると嚥下障害2倍になったと報告している(2011)。
CPB中の抗凝固についてのガイドライン(目標ACTを中心に)
STS/SCA/AmSECTから17の推奨が出ているがどれもエビデンスレベルは強くない(Table3)
このガイドラインではCPB中のACTは480以上に保つべきであるが、maximal activation of whole blood or microcuvette technologyを使用するのであれば、400以上でOKとしている。
ACTをどの程度にしているかを大規模に調査した研究(2017)では、<400との回答は5%以下、ACT400-450が40-50%(欧州と米国で異なる)、451-500が40%となり、>500も10%あった。心臓手術の黎明期に出された論文では300-600を”安全域”として設定している。
CPBに関するAmSECTガイドラインの改定
AmSECTのperfusion practive guidlineが2017年に改定された。新たに追加されたものとして、プロタミン 投与開始時にサクションは中止すべきであると改定された。
最適灌流圧と脳血流のオートレギュレーション
25年以上前に報告されたCPB中の脳血流のReviewは今でも読む価値がある。脳血流のオートレギュレーションは個人差が大きく、1984年の報告ではMAPが35-85mmHgの間ではCBFに差がなかったという報告がある。しかし1995年のRCTではCPB中の潅流圧を80-100に保った群と50-60で保った群では6か月後の死亡率および合併症発症率は、潅流圧が高い群のほうが低いという結果となった。2011年におこなわれた研究でも術後の認知症の発症は、MMSEのスケールは潅流圧が高い群のほうが低いという結果であった。直接脳の酸素化を測定した研究ではNIRS(near infrared spectroscopy) は2群間で差はなかった。
最近MRIを用いた研究も行われている。DWIを用いて脳障害をみた研究では、高い潅流圧が脳障害を減らすという結果はえられなかった。さらにカテコラミンによってMAPを上昇させても効果がないとの報告もある(2018)。 一方で、潅流圧55mmHg以下が10分以上継続することは術後脳梗塞の独立したリスク因子であるとの報告が2018年になされた。
側頭骨ドップラで直接脳血流を計測方法でも、CPB中の脳血流は評価されている。その研究によると、脳血流のオートレギュレーションの下限値は66mmHg であったとしている。しかしこれは、全員に66mmHg以上を保てば合併症が防げるという結論になるものではない。
CPB中、CPB離脱後の血管拡張(Vasoplegia)
心臓手術において、Vasoplegiaは比較的頻度の高い合併症であり(報告は3-50%)、ICU滞在日数や腎不全、死亡率とも関連している。48時間以上Vasoplegiaが持続すると、死亡率は35%になるとされているが、治療や原因については敗血症関連の論文が多く、心臓手術後に関する論文は少ない。Vasoplegiaを起こすリスク因子として、術前のACEの内服、CKD、高齢、低いEF、男性、LVAD装着、心内膜炎、心臓移植が挙げられている。原因病態については様々な説があるが、炎症反応のmediatorが引き起こしているとするものが多い。治療の第一歩は適切なLV機能を保つことであるが、2017年に実施されたノルアドレナリンとバソプレシンのRCTでは、バソプレシン使用群の方が死亡率と合併症発症率が低かった。しかし心房細動と腎不全の発生には差を認めなかった。その他の治療法として、メチレンブルーがあるが、メチレンブルーの重篤な副作用としてセロトニン症候群がある。現在までに13本の論文で心臓手術後のVasoplegiaに対するメチレンブルーによって発症したセロトニン症候群が報告されている。抗うつ薬を処方されている患者に対してはメチレンブルーは控えるべきであろう。また、抗炎症作用としてステロイドの使用に提唱されているが、その効果は不明である。
ビタミンB12はNOスカベンジャーであるが、いくつかの論文でVasoplegiaの治療としての効果が提唱されている。Case seriesではあるが、ビタミンB12を心臓手術中のVasoplegiaを起こした患者に投与したところ、改善したとの報告もある(2018 57)。ビタミンCはカテコラミンの内皮での合成に必須であるが、CPB離脱後の患者では、ビタミンCが低値になっているとの報告がある(2018 59)。ビタミンCはCPB離脱後のVasoplegiaの治療として有用かもしれない。また、アンギオテンシンIIの静脈投与もFDAが承認し、Vasoplegiaの治療として注目を浴びている。
心臓手術後の出血、輸血および周術期貧血
1) トランサミン
抗線溶薬として最も一般的に使用されている。投与量は次のように分類されることが多い。
低:ローディング10mg/kg 維持 1mg/kg/h 高: ローディング50-100mg/kg 維持 16mg/kg/h
トランサミンは腎代謝であり、クリアランスはGFRに依存する。またトランサミンの血漿濃度を100mg/Lとすることで100%に近い抗線溶作用が得られるとされている。使用率を調査したカナダの研究では86.3%の心臓手術においてトランサミンが使用されており、そのうち68%はボーラス投与のみであり、その投与量も49±24mg/kgとばらつきの多いデータであった。最近行われたCABGを対象とした最大規模のRCT (2017 77)ではトランサミンは術後出血量を減少させ、RBCの輸血量も減らすとの結論であった。しかし痙攣はトランサミン投与群で有意に高く(0.7 vs 0.1%)、NNHは177であった。痙攣は心房を開けた(open chamber procedure)手術で有意差が認められたが、CABG単独群の比較では差は認めなかった。
他の論文でも、open chamber procedureでなければ、痙攣の増加はないとしている。
2) 痙攣発症の長期的予後
n=11529の大規模な疫学研究(2017 95)では、心臓手術後の痙攣発生率は0.9%で、closed chamberでは0.1%、open chamberでは1.5%であった。痙攣を起こした患者では死亡率は2.5倍であった。しかし、痙攣を起こした患者の16%にしか、画像上器質的な病変を認めなかった。術後痙攣のリスク因子として、年齢、性別(女性)、再開胸、上行大血管病変、低体温循環停止、大動脈遮断時間とトランサミンが同定されている。10個の論文のメタアナリシスではトランサミンを心臓手術で使用した場合の痙攣の発生率は2.7%であり、オッズ比は5.4であった。他のメタアナリシスでもオッズ比は4.1とリスクがあった。
しかし、トランサミンによる痙攣の予後については明らかではない。日本からのトランサミンによる痙攣発生を調査した研究では、トランサミン投与群の方が痙攣の発症率は高かったが、(1.6 vs 0.2 %)、予後には差を認めなかった(2017 100)。このトランサミンによる痙攣と予後(特に脳梗塞、死亡)についての結論はまだ出ていない。
3) トランサミン投与量
トランサミンによる痙攣発症は、量依存とされており、80mg/kgを超えると痙攣の発症が多くなる。
原著の最後の一文が印象的。
... However, those remarkably good results suggest that we should be humble and that the key to success likely is not merely technical advances but the practice by talented, experienced, rational clinicians using the best available evidence at any given time.
心臓手術、手術技術以外に死亡率を改善したもの
2018年JCVAに手術手技以外でこの20年の心臓手術の死亡率を改善させたものとして、予防的IABP、レボシメンダン、TEE、白血球除去RBC、トランサミン、吸入麻酔の使用等10項目がピックアップされた。一方でアプロチニンは死亡率を上げたと。
人工心肺中の最適温度
過去には弁置換であっても、CPB中は28-32度の中等度低体温にすることが多かったが、最近は常温もしくは”tepid”/”drift”といわれるようなわずかな低体温にする方向である。体温測定部位についての結論は出ていない。STS/SCA/AmSECTによる合同ガイドライン(2015)にCPB中の体温管理についての推奨(table 1)が今のところ最も信頼できるか。
CPB中のTEEの使用
TEEが心臓手術において有用であることは広く認められているが、CBP中のTEEが有用であるかについて結論は出ていない。CPB中にTEEが有用である場面についてTable2にまとめる。
しかし、TEEは全く副作用がないものではなく、合併症の発生率は1.4%との報告がある(2017)。主なものとして、胃・食道の炎症、出血、潰瘍 (0.9%)、マロリーワイス症候群 (0.05%)、嚥下障害 (0.3%)などがある。BMI、脳梗塞の既往、複合手術、CPB時間の延長がリスク因子とされている。
嚥下障害は特にCPB時間と相関するとされており、発生頻度は0.3-39.8%とばらつきがある。CPB中にTEEプローベを抜去すると嚥下障害を改善するかを研究したRCTでは、プローベ挿入時間が200minを超えると嚥下障害2倍になったと報告している(2011)。
CPB中の抗凝固についてのガイドライン(目標ACTを中心に)
STS/SCA/AmSECTから17の推奨が出ているがどれもエビデンスレベルは強くない(Table3)
このガイドラインではCPB中のACTは480以上に保つべきであるが、maximal activation of whole blood or microcuvette technologyを使用するのであれば、400以上でOKとしている。
ACTをどの程度にしているかを大規模に調査した研究(2017)では、<400との回答は5%以下、ACT400-450が40-50%(欧州と米国で異なる)、451-500が40%となり、>500も10%あった。心臓手術の黎明期に出された論文では300-600を”安全域”として設定している。
CPBに関するAmSECTガイドラインの改定
AmSECTのperfusion practive guidlineが2017年に改定された。新たに追加されたものとして、プロタミン 投与開始時にサクションは中止すべきであると改定された。
最適灌流圧と脳血流のオートレギュレーション
25年以上前に報告されたCPB中の脳血流のReviewは今でも読む価値がある。脳血流のオートレギュレーションは個人差が大きく、1984年の報告ではMAPが35-85mmHgの間ではCBFに差がなかったという報告がある。しかし1995年のRCTではCPB中の潅流圧を80-100に保った群と50-60で保った群では6か月後の死亡率および合併症発症率は、潅流圧が高い群のほうが低いという結果となった。2011年におこなわれた研究でも術後の認知症の発症は、MMSEのスケールは潅流圧が高い群のほうが低いという結果であった。直接脳の酸素化を測定した研究ではNIRS(near infrared spectroscopy) は2群間で差はなかった。
最近MRIを用いた研究も行われている。DWIを用いて脳障害をみた研究では、高い潅流圧が脳障害を減らすという結果はえられなかった。さらにカテコラミンによってMAPを上昇させても効果がないとの報告もある(2018)。 一方で、潅流圧55mmHg以下が10分以上継続することは術後脳梗塞の独立したリスク因子であるとの報告が2018年になされた。
側頭骨ドップラで直接脳血流を計測方法でも、CPB中の脳血流は評価されている。その研究によると、脳血流のオートレギュレーションの下限値は66mmHg であったとしている。しかしこれは、全員に66mmHg以上を保てば合併症が防げるという結論になるものではない。
CPB中、CPB離脱後の血管拡張(Vasoplegia)
心臓手術において、Vasoplegiaは比較的頻度の高い合併症であり(報告は3-50%)、ICU滞在日数や腎不全、死亡率とも関連している。48時間以上Vasoplegiaが持続すると、死亡率は35%になるとされているが、治療や原因については敗血症関連の論文が多く、心臓手術後に関する論文は少ない。Vasoplegiaを起こすリスク因子として、術前のACEの内服、CKD、高齢、低いEF、男性、LVAD装着、心内膜炎、心臓移植が挙げられている。原因病態については様々な説があるが、炎症反応のmediatorが引き起こしているとするものが多い。治療の第一歩は適切なLV機能を保つことであるが、2017年に実施されたノルアドレナリンとバソプレシンのRCTでは、バソプレシン使用群の方が死亡率と合併症発症率が低かった。しかし心房細動と腎不全の発生には差を認めなかった。その他の治療法として、メチレンブルーがあるが、メチレンブルーの重篤な副作用としてセロトニン症候群がある。現在までに13本の論文で心臓手術後のVasoplegiaに対するメチレンブルーによって発症したセロトニン症候群が報告されている。抗うつ薬を処方されている患者に対してはメチレンブルーは控えるべきであろう。また、抗炎症作用としてステロイドの使用に提唱されているが、その効果は不明である。
ビタミンB12はNOスカベンジャーであるが、いくつかの論文でVasoplegiaの治療としての効果が提唱されている。Case seriesではあるが、ビタミンB12を心臓手術中のVasoplegiaを起こした患者に投与したところ、改善したとの報告もある(2018 57)。ビタミンCはカテコラミンの内皮での合成に必須であるが、CPB離脱後の患者では、ビタミンCが低値になっているとの報告がある(2018 59)。ビタミンCはCPB離脱後のVasoplegiaの治療として有用かもしれない。また、アンギオテンシンIIの静脈投与もFDAが承認し、Vasoplegiaの治療として注目を浴びている。
心臓手術後の出血、輸血および周術期貧血
1) トランサミン
抗線溶薬として最も一般的に使用されている。投与量は次のように分類されることが多い。
低:ローディング10mg/kg 維持 1mg/kg/h 高: ローディング50-100mg/kg 維持 16mg/kg/h
トランサミンは腎代謝であり、クリアランスはGFRに依存する。またトランサミンの血漿濃度を100mg/Lとすることで100%に近い抗線溶作用が得られるとされている。使用率を調査したカナダの研究では86.3%の心臓手術においてトランサミンが使用されており、そのうち68%はボーラス投与のみであり、その投与量も49±24mg/kgとばらつきの多いデータであった。最近行われたCABGを対象とした最大規模のRCT (2017 77)ではトランサミンは術後出血量を減少させ、RBCの輸血量も減らすとの結論であった。しかし痙攣はトランサミン投与群で有意に高く(0.7 vs 0.1%)、NNHは177であった。痙攣は心房を開けた(open chamber procedure)手術で有意差が認められたが、CABG単独群の比較では差は認めなかった。
他の論文でも、open chamber procedureでなければ、痙攣の増加はないとしている。
2) 痙攣発症の長期的予後
n=11529の大規模な疫学研究(2017 95)では、心臓手術後の痙攣発生率は0.9%で、closed chamberでは0.1%、open chamberでは1.5%であった。痙攣を起こした患者では死亡率は2.5倍であった。しかし、痙攣を起こした患者の16%にしか、画像上器質的な病変を認めなかった。術後痙攣のリスク因子として、年齢、性別(女性)、再開胸、上行大血管病変、低体温循環停止、大動脈遮断時間とトランサミンが同定されている。10個の論文のメタアナリシスではトランサミンを心臓手術で使用した場合の痙攣の発生率は2.7%であり、オッズ比は5.4であった。他のメタアナリシスでもオッズ比は4.1とリスクがあった。
しかし、トランサミンによる痙攣の予後については明らかではない。日本からのトランサミンによる痙攣発生を調査した研究では、トランサミン投与群の方が痙攣の発症率は高かったが、(1.6 vs 0.2 %)、予後には差を認めなかった(2017 100)。このトランサミンによる痙攣と予後(特に脳梗塞、死亡)についての結論はまだ出ていない。
3) トランサミン投与量
トランサミンによる痙攣発症は、量依存とされており、80mg/kgを超えると痙攣の発症が多くなる。
4) 血管内治療に対するトランサミン
いくつかの研究でステント治療においてもトランサミンの使用が有用であると報告されているが、エビデンスレベルは低く、まだ結論はでていない。
5) トランサミンによる治療をまとめると、
アプロチニンの使用は推奨されない。 EACAの使用も今日では推奨されない。
トラネキサム酸を使用する場合は以下のルールに従ったほうがよい。
・出血のリスクの低い手術(CABGなど)では低用量(10mg/kgボーラスかつ1mg/kg/h)もしくは使用しない
・出血のリスクの高い手術では全投与量が50mg/kgとなると止血の効果があるとされているため、 この投与量が望ましい
・高容量のトラネキサム酸の使用は痙攣のリスクを増加させる。open ventricleの手術、長時間CPB、腎機能低下患者ではさらにリスクが高まる。このような患者ではトラネキサム酸の量を減量すべきである。
腎機能障害
メタアナリシスによる心臓手術後のAKIの発生率は22%(14-34)であり、透析導入は3.1%である。術後のAKIの予測に有用なバイオマーカーとして、CPB4時間後のTIMP-2、IGFBP7が指摘されている。
また、術前に腎機能障害がない患者の術後死亡率は1.4%であるが、人証ギアがある場合は10.9%まで上昇する。また、術前腎機能が正常な患者のなかでは1.4%が術後AKIをおこし、1.3%が透析が必要となる。この手術によってAKIとなった患者の死亡率はそれぞれ22%、65%であった。また、心臓手術後のAKIがCKDにつながるか?を調査した研究では、術後AKIとなった患者のうち84%はCreが術前の値にまで回復したが、11%はその後透析導入になった。
術中尿量と術後のAKIが関連するか?についても研究されている。2017年と2018年に報告された研究ではどちらも術中尿量と術後AKIには関連がないとの結論であった。
CPB中の腎潅流量減少と術後AKIの関連を調べた研究では、CPB中の腎血流の推移を細かく調査している。CPB開始直後は腎血管収縮が認められ、腎臓に流れる血流割合(腎血流/体血流)が減少する。しかし、腎臓の酸素化についてか増加することが観察された。CPB離脱後、腎臓の酸素化はさらに修復され、酸素消費量も増加する。このプロセスにより、NABDG/Creatine率(尿細管障害の指標)は7倍となった。このようなCPB前後の変化は、従来のCPBでは腎臓の虚血がおきていることを示唆している。心臓手術中の腎血流および腎臓の酸素化を知る方法として、TEEが有用であるとの報告もある。
復温時の急激な体温上昇も腎機能要害を引き起こすとされている。37度以上での復温は10分ごとにAKIを51%増加させるとの報告がある。また。CPBのFlowが270ml/min/m2をカットオフとしてAKIのリスクが増加する。
では、AKIを減らすための最適なCPBおよび周術期の管理方法はどのようなものであろうか?
ジョンホプキンス大学より報告されたGoal Directed perfusionでは、AKIの発生は23.9%から9.1%にまで減少した。この報告の中で、Goal Directed perfusionの方法として、CPBサーキットのボリュームを減少させるためにチューブ径を細く、短くすること、マンニトールの使用をやめる、DO2>300を保つ、zero-balance ultrafiltrationを目標とする。復温を5分で1度以上にはしない。といった方法がとられている。(どれが効果があったという報告はない。
スタチンの投与がAKIのリスクを減らすか?という研究もいくつかされているが、メタアナリシスでスタチンのAKI予防効果は否定された。
レボシメンダンのAKI予防効果について、4つの報告があるが、どの研究でもそのような効果は証明されなかった。
デクスメデトミジンのAKI予防効果についてはメタアナリシスがあり、死亡率は減少しなかったが、AKI発生率は減少したとの結論となった。
KDIGO bundleの使用により、術後AKIが減ったとする、RCTも報告されており、心臓手術後のAKIを予防するためには、人工心肺中、手術中からの介入が必要であることは明らかである。
心臓手術後のせん妄、認知障害
せん妄
術後せん妄がおきると何がよくないか? 術後せん妄の発生は再入院率、ADL低下、死亡率と相関があった。
心臓手術後のせん妄の発生頻度に関する研究は多数存在するが、発生頻度は様々であり、7.6-55%と幅広い。高齢であることは術後せん妄と強く関係している。後ろ向きの観察研究では、65歳以下の患者でのせん妄発生率は21.4%であるが80歳以上では31.5%であった。
せん妄のリスク因子を多変量解析した研究では、CPB時間の延長はせん妄の発生とは関連していなかったが、別の研究では、せん妄のリスク因子として、年齢、EuroSCORE、大動脈遮断時間の延長、そして多量の胸腔ドレナージがリスク因子であった。
術後認知障害
術後の認知障害の頻度はその評価時期によってばらつきがあるが、術後1週間から退院までで33-83%、術後1ヶ月で25−40%、術後3ヶ月で20-30%が認知障害を新たに発症するとの報告がある。心臓手術後に認知障害が起きるメカニズムとして、blood brain barrierの破綻、炎症の惹起、血管内プラークの存在、麻酔深度、神経シナプスレベルでの損傷があると分析している。手術中に血圧、Ht、血糖、体温を適切に保つことが認知障害予防に効果があるとの報告もある。OPCABGがOnpumpCABGに比べて術後認知障害を予防するかを調査した研究では、少なくとも1年以内の認知障害では差を認めなかった。ステロイド投与が術後認知障害を予防するかのRCTでは、期待とは逆の結果となりステロイド(デキサメタゾン)投与群の方が術後認知障害の発生が多くなる結果となった。術中のNIROの低下は術後認知機能障害の予測として有用であるか?も研究されている。結果、NIROの短時間の低下と術後認知障害とは関連は認めなかった。別の研究では、術前の6分間歩行が術後認知障害の独立したリスク因子であった。
これらの結果より現在、周術期脳機能を保つために以下のことが推奨される。
・ 65歳以上のすべての患者には、術前に術後認知障害を起こすリスクを説明するべきである。
・ 65歳以上のすべての患者で術前の認知能力について評価しておくべきである。
・ 抗コリン薬、ベンドジアゼピン、メペリジンの使用を避けるべきである。
・ normothermiaを保つ
・ 年齢に合わせて麻酔薬の肺胞濃度をモニターし調整する。
・ 脳波に基づいた麻酔深度のモニタリングを行う
・ 脳灌流を適切に保つ
妊娠中のCPB
妊娠中に心臓手術を受けなければならない場合のCPBの灌流方法についてはエビデンスが不足しているが、1990年代からその報告はあり、母親の死亡率は11.2%、死産率は33%であった。その後さらに改善はあるが、さらなる研究が必要な分野である。
(国立循環器病センターがまとめた研究調査では、CPB中に低体温にすると、確実に胎児の死亡率は上昇するため、常温に近い体温でのCPBが望ましい)
CPB中の呼吸管理
通常、CPB中には呼吸を止め、肺は大気圧に解放することが多い。しかし、CPAPをかけておくことが肺の保護につながるのではないか、CPB中も呼吸を行なっていた方が肺保護に働くのではないかとの研究がされている。CPB中の呼吸継続が肺保護につながるかについてのメタアナリシスでは術後の呼吸機能には差を認めなかった。また、CPB中のCPAPについては、現在大規模なRCTが実施されチエル。
CPB中の末梢・中枢動脈圧差
CPB中、末梢の血圧と、中枢の血圧に差を認めることは多々あり、どこで計測した血圧が灌流圧として適切であるかはわかっていない。ルーチンで心臓手術で橈骨動脈と大腿動脈の圧をモニタリングしたn=435人の研究では、34%で橈骨動脈と大腿動脈の圧差が25mmHg以上であった。このような圧差が生まれるリスク因子として、BMI低値、大動脈遮断時間の延長、マイナスの体液バランス、そして術前の高血圧が挙げられた。
術前の予防的IABPの使用
予防的にIABPを挿入するメリットについて、未だ意見は一致していない。単施設のハイリスク患者を対象としたRCTではIABPの有無により30日死亡率には差を認めなかったとの報告であった。しかし、IABP挿入群の方で死亡率が下がったとの報告も多く、IABP挿入の効果については、publication bias(良い結果のみが発表される)が存在するとも言われている。今後も研究が必要である。
CPB中の予防的抗菌薬投与
CPB中の抗菌薬の薬物動態研究のエビデンスは不足しており、現在は保守的な容量、投与時間が取られることが多い。この現状に対して2017年にSSIを防ぐためにCPB中の抗菌薬投与量を再評価すべきという提言がなされた。CPBの開始時に抗菌薬濃度がMICを下回ることは観察されているが持続的抗菌薬投与がMICを維持し、SSIを予防できるかについての研究が今後必要となるであろう。
IEに脳卒中の合併した患者に早期にCPBを使用した手術を行うべきか?
IEの患者の40%に脳卒中を発症する。脳卒中を合併したIEの手術時期については、従来延期した方が良いとされていたが、近年はより早く手術をする方向にシフトしている。